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キツネの神様の頼みごと その8
か細い声で「助けてください」と言うなり、奥さまは玄関の方へ引き返して行った。
恐る恐るドアを開けて中に入られた奥さまの後から、一緒に家の中へはいって行く。
「てめえー殺されたいのか!」
玄関のドアを開けて入ってきた奥さまに向かって、恐ろしい形相で殴りかかろうとする息子の姿が一瞬私の目にも飛び込んできた。
しかし、後から入ってきた私に気付いたその瞬間、息子の態度は一変し、まるでほんの一瞬前の姿は無かったかのように、おとなしい、どちらかというと気弱な青年の姿に変わっていた。
食卓のテーブルに腰をおろして「お母さん。何してたの。心配するじゃない。」
優しそうな顔つきでそう言う息子に
「ご、ごめんなさいね。お客様がいらっしゃったものだから。」
奥さまは動揺を隠しきれない様子で、台所に立たれた。後姿からかなり怯えている様子がうかがえる。
後から入ってきてテーブルについた私に対して、「どちら様でしょうか。」明らかに何しに来たんだとばかりに息子が尋ねる。
「保険のご依頼を承っております。今回はそのご説明に参りました。」
「父の死亡保障の件でしたら、母に聞いております。すでに母が断っているはずですが。
父に万が一のことがあっても、僕がおりますから。母は父より僕を頼っているんですよ。
そうだよね。」後ろ姿の奥さまに返事をしろとばかりに息子は話しかける。
「そ、そうね。」奥さまは振り返りもせず、答えられた。
どうも、何かに感づいて息子がご主人の保険は断るように強制したみたいだ。
「そういうことですので、今日はお帰り下さい。」息子は自分から席を立って、さあ帰れとばかりに私を立たせようとした。
「申し訳ございません。本日はお父様の死亡保険だけのために参っているのでは御座いません。奥さまご自身の生命保険の件でお伺いしております。
実は前回、そちらも承っておりました。しかし、奥さまの場合、お医者様の診断が必要な契約です。急で申し訳ありませんが、今から私と一緒に当社の指定の病院に行っていただきたいのですが。」
このままこの家に奥さまを置いておくわけにいかず、とっさに嘘の口実。
「奥さま、すぐに用意していただけますか。」
「あっ、はい。」奥さまはそう言いながら、息子の方をちらりと心配そうに目を向けた。
引き止めそうな台詞を息子が吐く前に
「小さな子供さんじゃないのに、ホントにお母さんは心配性ですよね。
こんなにしっかりした息子さんに対して。」
そう言われて息子は「ちいっ」と舌づつみを打つような顔をして横を向いた。
家の中に息子を残して、奥さまを車に乗せひとまず家から離れた。
車を走らせながら、そのまま車の中で話を聞くことにした。
奥さまの話によると、実は2日前からご主人が出張で一ヶ月間家を開けることになったらしい。
すると、なぜか今まで以上に息子は乱暴になり、学生のころ使っていたバットを取り出してきて、家の中で振り回しだした。
さすがにバットはやばい。
息子が寝ている昼間にバットを取り上げて隠しておこうと、二階の息子の部屋に入ってみると、雨が降っている訳でもないのに、壁がじっとり露を打ったようになっており、なにやらひやっと冷たい空気が漂っている。
これはさすがに尋常ではないと部屋の四隅に塩をまいてみたが、どろっと溶けたようになり、まったく効果が無い。
そして今日になると、奥さまに向かって「おまえは汚い人間だ。俺が殴り殺してやろうか」
「頭を叩き割るのは最後だ。まずは足から立たなくしてやろう」
そう言って、震えて真っ青になる奥さまを見て大声で笑い出し、バットを振り上げて、恐怖で動けなくなっている奥さまの回りの壁や家具に振りおろしながら、けたけた笑いだす始末。
奥さまは腰を抜かしそうになりながら、それでも必死で電話をかけた。このままでは主人の前に自分が殺される。
これは本当にどうにかしなければ、危ない。あんなご主人でも家にいらっしゃれば大丈夫なのだが、出張では仕方がない。
「今夜は嘘でもなんでもついて、ひとまずホテルにでも泊ってください。」そう言って、近くのビジネスホテルに奥さまを降ろした。
不安そうな表情の奥さまに、「息子さんからの電話は絶対出ないでくださいね。明日、私がまた迎えに来ます。それまでに解決方法を探してきます。」大丈夫ですよ、と声をかけ、ホテルを後にした。
さあーどうしよう。
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